[{"data":1,"prerenderedAt":59},["ShallowReactive",2],{"article-37dki_cat":3,"prev-article-37dki_cat":27,"next-article-37dki_cat":46},{"contents":4,"totalCount":25,"offset":26,"limit":25},[5],{"id":6,"createdAt":7,"updatedAt":8,"publishedAt":8,"revisedAt":8,"title":9,"content":10,"tags":11,"is_no_index":24},"37dki_cat","2025-12-03T11:14:35.085Z","2025-12-03T11:26:21.983Z","猫ちゃんが一歳になりました！！","\u003Cp>数ヶ月前にお迎えした猫のモカちゃんが1歳になりました\u003Cbr>とてもめでたい🎉\u003C/p>\u003Cp>お迎え当初と比較すると、サイズも体重もしっかり大きくなってはいるものの、現在は3.5kg前後を推移しており、平均的な体重を若干下回っています。\u003Cbr>元々食が細い子ということもあって、なかなか太ってくれないんですよねー\u003C/p>\u003Cfigure>\u003Cimg src=\"https://images.microcms-assets.io/assets/3aba23b5bd6f4b79800a0305d0e4f8aa/10c34383c40d431d84d92e10f7c3f7c5/beauty_1751863936273.jpeg\" alt=\"\" width=\"1650\" height=\"928\">\u003C/figure>\u003Cp>↑お迎え当初\u003C/p>\u003Cfigure>\u003Cimg src=\"https://images.microcms-assets.io/assets/3aba23b5bd6f4b79800a0305d0e4f8aa/eb23ee5b0fb64872ac9d4358709f0566/beauty_1764563946779.jpeg\" alt=\"\" width=\"1650\" height=\"928\">\u003C/figure>\u003Cp>↑今\u003C/p>\u003Cp>なにはともあれ、大きな病気もなく無事に1歳になってくれて本当によかったです！\u003C/p>\u003Cp>……ところで、ひとつ悩みが。\u003Cbr>切り替えのタイミングを見誤ったのか、子猫用のフードがあと5kgくらい残っているのですが、これどうしたらいいんですかね。\u003Cbr>当面の間は子猫気分でいてもらうことにします。\u003C/p>\u003Cp>それでは\u003C/p>",[12,18],{"id":13,"createdAt":14,"updatedAt":15,"publishedAt":14,"revisedAt":15,"slug":16,"name":17},"zvbbh2k4o","2025-07-09T17:50:30.110Z","2025-12-03T16:06:32.163Z","cat-life","ネコのいる暮らし",{"id":19,"createdAt":20,"updatedAt":21,"publishedAt":20,"revisedAt":21,"slug":22,"name":23},"4oy2jc8mdg","2025-04-28T07:14:01.179Z","2025-12-03T16:08:24.495Z","diary","日記",false,1,0,{"contents":28,"totalCount":45,"offset":26,"limit":25},[29],{"id":30,"createdAt":31,"updatedAt":32,"publishedAt":33,"revisedAt":32,"title":34,"content":35,"tags":36,"is_no_index":43,"summary":44},"tbmaq03-ey0x","2025-11-20T12:06:50.286Z","2025-11-20T12:17:19.831Z","2025-11-20T12:10:28.064Z","人生トラブルシューティング","\u003Ch1 id=\"h8d027c8ed3\">はじめに\u003C/h1>\u003Cp>どうも、わたしです。\u003C/p>\u003Cp>タイムラインを眺めていると、社会や他人の言動に対して、やたらと攻撃的な言葉を投げつけている人々を観測することがあります。\u003Cbr>彼ら、あるいは彼女らの言葉は、一見するともっともらしい正義や理論で武装されているように見えます。\u003Cbr>しかし、その言葉の端々からは、どこか実体がなく、借り物の剣を振り回しているだけのような、薄っぺらな空虚さを感じずにはいられません。\u003Cbr>地に足がついていないというか、生活の手触りが欠落しているのです。\u003C/p>\u003Cp>なぜ、これほどまでに言葉が軽いのか。\u003Cbr>その違和感の正体を探ろうと、その批評家さん(笑)たちの背景に目を凝らしてみると、ある共通項が浮かび上がってくることが少なくありません。\u003Cbr>それは、彼らの多くが、他人に依存し自身が抱えるべきコストを他者に丸投げしている、という事実です。\u003C/p>\u003Cp>少し嫌味な視点かもしれませんが、この自立なき万能感とか言う奇妙なものについて、自戒を込めて少し書いてみようと思います。\u003Cbr>要するにお気持ち記事です。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"hc19f6dcf68\">生きるコスト\u003C/h1>\u003Cp>最初に断っておきますが、わたし自身、決して出来た人間ではありません。\u003C/p>\u003Cp>以前にも書いたかは分かりませんが、私は母子家庭で育ち、小銭を稼ぎ学費や生活費の一部を自ら捻出する必要に迫られてきました。\u003Cbr>生きることは、綺麗事ではなくコストがかかる。\u003Cbr>泥臭い金銭のやり取りと、地味で孤独な労働の積み重ねなしには、まともな生活水準にはありつけないということを、嫌というほど骨身に刻んできました。\u003Cbr>今でこそまともな暮らしを享受できていますが、諸々の経験は、他人への寛容さを奪い性格を少なからず歪ませてしまったという自覚があります。\u003Cbr>だからこそ、「(任意のあらゆるもの)に対する苦労も知らない人間が偉そうな口を利くな」という、ある種の同族嫌悪に近い苛立ちを抱いてしまうのは、私の偏狭さゆえかもしれません。\u003C/p>\u003Cp>しかし、私の個人的な歪みを差し引いたとしても、客観的な事実として誰かに依存したいる人間の発言には、決定的な説得力が欠けているように思えるのです。\u003C/p>\u003Cp>ただ、ここで誤解しないでいただきたいのは、私が言っているのは実家暮らしか、一人暮らしかといった物理的な場所の話ではない、ということです。\u003Cbr>そんなものは些末な問題です。\u003Cbr>実家にいようが、家系を折半し、経済的に自立した関係にあるなら、それは立派な共生と言えるでしょう。\u003Cbr>私が違和感を覚えるのは、それらを一切負担せず、他人の財布にぶら下がって生きている寄生の状態にある人たちです。\u003C/p>\u003Cp>自分の食い扶持すら自分で賄っていない人間に、他人や社会のアレコレを批評する資格があるのでしょうか。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"he375f4c73a\">過去の栄光に縋るな\u003C/h1>\u003Cp>生活の面倒を他人に丸投げし、経済的にも精神的にも誰かに寄生しているにも関わらず、インターネット上では一丁前の批評家を気取っている。\u003Cbr>もはや現代の風刺アートのようにさえ見えます。\u003C/p>\u003Cp>その矛盾を埋め合わせるためなのか、彼らは決まって過去の栄光を持ち出します。\u003Cbr>特に痛々しいのが、学生時代の経験や、数年前の取るに足らない武勇伝を、さも偉業であるかのように語る姿です。\u003Cbr>人間、現在進行形で成長し、何かに挑戦していれば、過去の単純労働の経験などただの通過点に過ぎず、わざわざ持ち出してマウントを取る必要もないはずです。\u003Cbr>そこにしがみつくしかないということは、彼らの中の時計がそこで止まってしまっていることの証明に他なりません。\u003C/p>\u003Cp>彼らがインターネット上で攻撃的になり、ネチネチと他者を批判することでマウントを取りたがるのは、おそらく自分の足で立っていないという根源的な不安を打ち消すために、安易な万能感を求めているからではないでしょうか。\u003C/p>\u003Cp>現実世界では無力な存在であるため、インターネットの中だけでも有識者(笑)や理知的な人間を演じようとする。\u003Cbr>しかし、その言葉には実体験に伴う重みがなく、技術力も学習の跡も見られない。\u003Cbr>結果として、中身のないプライドだけが肥大化していく。\u003Cbr>その姿は、見ていて本当に苦しいものがあります。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"h163afb325a\">思想の自由\u003C/h1>\u003Cp>もちろん、どんな境遇であれ、思想を持つのは個人の自由です。\u003Cbr>脳内でどんな高尚な理想を掲げようが、どんなに過激な持論を展開しようが、それは誰にも侵されない権利でしょう。\u003C/p>\u003Cp>けれど、その思想を他人に押し付けたり、自分の物差しで他人を断罪しようとしたりするのは、全く別の話です。\u003Cbr>特に、自分の生活コストすら他人に負担させているヒモのような人間が、社会のあり方や他人の生き方に口出しをする権利など、どこにあるのでしょうか。\u003Cbr>それはタダで住まわせてもらっている居候が、家主の家具の配置に文句をつけているのと同じくらい、滑稽で図々しい振る舞いです。\u003C/p>\u003Cp>本来自分で捻出すべきコストすら他人に任せきりのゲストユーザー様(笑)が、管理者気取りでルールを説く。\u003Cbr>多くの人にとって、そんな言葉に耳を傾ける気にはなれるはずもありません。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"h9d565bfb30\">鏡を見るべきなのは\u003C/h1>\u003Cp>ここまで読んで、「なんだ、自分を正当化したいだけじゃないか」と鼻で笑った勘のいい方。\u003Cbr>おめでとうございます。大正解です。\u003C/p>\u003Cp>そう、これは紛れもなく私の自己正当化でもあります。\u003Cbr>「自分はあいつらとは違う」「私はコストを払っているからマシだ」という理屈をこねくり回して、自分の精神的優位性を保とうとする、実に醜いポジショントークに過ぎません。\u003C/p>\u003Cp>けれど、あえて言わせてもらいます。\u003Cbr>無自覚に他人に寄生して「私はすごいんだ‼️｣と勘違いしたまま歳を重ねるのと、自分の醜さや立場の弱さを自覚した上で、情けなくも取り繕いながら生きるのとでは、やはり後者の方が幾分かマシな地獄なのではないか、と。\u003Cbr>多分傍から見たら同じ穴の狢なんでしょうけどね。\u003C/p>\u003Cp>ともあれ、私は自分の歪みを自覚していますが、少なくとも自分の食い扶持は自分で稼ぎ、自分の足で立っています。\u003Cbr>もし、他人の財布で飯を食いながら、安全圏から石を投げているだけの人間がいるなら、まずはその手を止めて、求人サイトでも眺めるべきではないでしょうか。\u003C/p>\u003Cp>批評や自己実現は、自分の人生の責任を負えるようになってから口にするべき嗜みだと思うのです。\u003Cbr>嫌味な言い方かもしれませんが、自分の足で立てない人間が、社会や他人を批評する資格なんてない。\u003Cbr>私はそう思わずにはいられません。\u003C/p>",[37],{"id":38,"createdAt":39,"updatedAt":40,"publishedAt":39,"revisedAt":40,"slug":41,"name":42},"wia4slp55q","2025-04-28T07:14:14.541Z","2025-12-03T16:08:13.798Z","thoughts","独り言",true,"はじめにどうも、わたしです。タイムラインを眺めていると、社会や他人の言動に対して、やたらと攻撃的な言葉を投げつけている人々を観測することがあります。彼ら、あるいは彼女らの言葉は、一見するともっともらしい正義や理論で武装されているように見えます。しかし、その言葉の端々からは、どこか実体がなく、借り物の",39,{"contents":47,"totalCount":58,"offset":26,"limit":25},[48],{"id":49,"createdAt":50,"updatedAt":51,"publishedAt":51,"revisedAt":51,"title":52,"content":53,"tags":54,"is_no_index":24,"summary":57},"cpum19l7-34","2025-12-06T21:47:12.281Z","2025-12-07T12:57:39.377Z","いい人になりたかった","\u003Cp>幼い頃から、私はよく優しい子だと言われて育ちました。\u003C/p>\u003Cp>今思うと、それは私に際立った才能や愛嬌といった、取り柄が圧倒的に無かったからに過ぎないように思えます。他に褒めるべき点が見当たらない子供を、なんとか他の子供たちと対等な土俵に立たせるために、大人たちが苦し紛れに捻り出した建前としての道具。それが優しさという言葉に内包されていたように思います。\u003C/p>\u003Cp>実際のところ、私は到底優しいと呼ばれるに相応しい人間性を持ち合わせていませんでした。私が振る舞っていたのは、他者を思いやる心などではなく、単に自分の意見を持たず、波風を立てることを恐れ、曖昧に笑ってやり過ごす主体性のなさでした。自己を主張するだけの芯や度胸といったものが欠落していただけなのです。\u003C/p>\u003Cp>自分が空洞であることを、紛い物の優しさというラベルで必死に隠蔽していました。そして残酷なことに、その本質は今も、何ひとつ変わっていません。\u003C/p>\u003Cp>私にとっていい人であることは、道徳的な目標ではなく、切実な生存戦略でした。\u003C/p>\u003Cp>私のような人間にとって、期待で勝手に型へ流し込まれることは、最も楽で、最も安全な生き方です。拒絶されず、攻撃されず、居場所を確保するための擬態。\u003C/p>\u003Cp>誰かの意見に頷き、摩擦を避け、無害な存在として振る舞う。そうしていれば、世界は私を傷つけない。そう信じていました。\u003C/p>\u003Cp>しかし、技術や知識を得て、世界を見る解像度が上がるにつれ、この生存戦略は音を立てて崩れ去りました。\u003C/p>\u003Cp>エンジニアリングの世界に足を踏み入れ、論理や整合性を欲するようになると、かつては見過ごせていた他人の粗が、許容しがたい異様なモノとして目に映るようになってしまいました。\u003C/p>\u003Cp>手のひらに世界中の知財へアクセスできるデバイスを持っていながらも、検索すら惜しみ、「誰か教えて🥺」と幼児のように口を開けて待つ人々。\u003C/p>\u003Cp>救われるべき弱者という自己憐憫が、奉仕されるべき特権階級という傲慢さへと腐敗していく過程。\u003C/p>\u003Cp>その無垢な怠惰さや、被害者という立場を利用した加害性が、私には耐え難い悪臭のように感じられるのです。\u003C/p>\u003Cp>善人の皮を被ったままでは、それらを指摘できません。しかし、飲み込もうとすると、今度は自分が壊れてしまいそうになる。言いたいことを飲み込み、表面だけ取り繕うコストが、得られる平穏のメリットを上回ってしまったのです。だってインターネットでくらい自由に好き放題言いたいじゃないですか。\u003C/p>\u003Cp>私は長い間、自分の攻撃性を正しさへの執着だと言い訳してきました。\u003C/p>\u003Cp>「間違っているから指摘するのだ」「知的生命体としての誠実さだ」と。\u003C/p>\u003Cp>本当はどこかで気づいていたのかもしれません。ある時ふと、その欺瞞に気づいてしまいました。\u003C/p>\u003Cp>私が重ねていたのは、建設的な批判などではなく、対象の動機を疑い、安全圏から石を投げて嘲笑することで優越感に浸る、ただの卑小な冷笑でしかなかったのです。欺瞞を直視せざるを得ない瞬間が訪れてしまいました。\u003C/p>\u003Cp>そこにこうすれば良くなるといった代替案はあったでしょうか。相手の動機を尊重する姿勢はあったでしょうか。\u003C/p>\u003Cp>勿論そんなものは微塵もありません。私がしていたのは、相手が必死になっている姿を嘲笑うことで、「自分はそっち側の人間ではない」と確認するための、卑小なマウンティングでした。\u003C/p>\u003Cp>私は正しいことをしたかったのではなく、安価でコンスタントに消費できる知的快楽を貪りたかっただけなのかもしれません。\u003C/p>\u003Cp>何も作らず、何も提案せず、リスクも取らず、ただ「レベルが低い」｢お前はだめだ｣と吐き捨てるだけで得られる、安っぽくて強烈な全能感に依存していた節は否めません。\u003C/p>\u003Cp>そうでもしないと、空っぽな自分が保てなかった。他人を見下すことでしか、自分の立ち位置を確認できない。その事実に気づいてしまった時の情けなさと、底知れない不安は、言葉にできません。\u003C/p>\u003Cp>自分が正当性のある批判をしていたのではなく、ただの冷笑をしていたことを自覚してしまった今、私はどうすればいいのでしょうか。「これからは心を入れ替えて、建設的な批判だけをします」とか宣言できれば、いいんですけどね。現実はそう簡単にはいきません。\u003C/p>\u003Cp>おそらく私はこれからも変わらず、画面の向こうの誰かを冷笑し続けるのでしょう。実際、彼ら彼女らを見れば不快になり、それを言語化して断罪せずにはいられない気がします。\u003C/p>\u003Cp>｢いい人になりたかった｣\u003C/p>\u003Cp>それは偽らざる本音です。けれど、それ以上に私は、自分の浅はかな賢さを証明したいし、愚かなものを愚かだと断じて安心したい。その醜い欲望を、どうしても手放すことができないみたいです。\u003C/p>\u003Cp>きっと明日も私は、何かを批判したつもりになって冷笑し、誰かを見下して一瞬の快楽を得て、その後に訪れる虚無感と自己嫌悪に震えながら生きていくのだと思います。\u003C/p>\u003Cp>やめようと思ってやめられるなら、とっくの昔にやめていますから。\u003C/p>",[55,56],{"id":38,"createdAt":39,"updatedAt":40,"publishedAt":39,"revisedAt":40,"slug":41,"name":42},{"id":19,"createdAt":20,"updatedAt":21,"publishedAt":20,"revisedAt":21,"slug":22,"name":23},"幼い頃から、私はよく優しい子だと言われて育ちました。今思うと、それは私に際立った才能や愛嬌といった、取り柄が圧倒的に無かったからに過ぎないように思えます。他に褒めるべき点が見当たらない子供を、なんとか他の子供たちと対等な土俵に立たせるために、大人たちが苦し紛れに捻り出した建前としての道具。それが優し",29,1783975277310]