[{"data":1,"prerenderedAt":79},["ShallowReactive",2],{"article-5ybjx06von0":3,"prev-article-5ybjx06von0":40,"next-article-5ybjx06von0":58,"$f4yeWwSyb_Rv7NV-S3TrMK3KNxm4N75G5IiFMZFMn4Ak":72},{"contents":4,"totalCount":38,"offset":39,"limit":38},[5],{"id":6,"createdAt":7,"updatedAt":8,"publishedAt":9,"revisedAt":8,"title":10,"content":11,"tags":12,"is_no_index":37},"5ybjx06von0","2025-11-06T18:20:06.910Z","2025-11-06T18:26:20.273Z","2025-11-06T18:24:32.966Z","RustのゲームサーバーをDockerで建てた","\u003Cp>どうも、わたしです。 \u003C/p>\u003Cp>先日、Rust(軽量でメモリ安全性が担保されているものではない方)が安くなっていたので、仲間内でサーバーを建ててマルチプレイをしよう、ということになりました。\u003Cbr>ただ生憎と、現状私の手元には自由に使えるIPv4アドレスの在庫が枯渇していまして、仕方がないので適当なVPSを契約し、そこにサーバーを構築しようとしました。\u003C/p>\u003Cp>導入方法を調べてみたところ、大筋としてはSteamCMDを使い、サーバーデータをダウンロードして必要な引数を渡して起動するだけ、と手順自体はシンプルなようでした。\u003Cbr>ところが、検索して出てくる記事の多くは、なぜかsnapでSteamCMDをインストールする方法だったり、無駄にsystemdのサービスを増やすようなものだったりと、本当に気持ちが悪いものばかり。\u003Cbr>何も考えずに色んなところからコピペしてコマンドを並べているだけなのかと疑うレベルの記事ばかりで、正直うんざりしていました。\u003C/p>\u003Cp>さらに、手軽に使えるDockerイメージも現存していないようでしたので、今回作成するに至りました。\u003C/p>\u003Cp>私の普段使いの環境がM4 Maxなのですが、ここで一つ問題にぶつかりました。\u003Cbr>SteamCMDがARMアーキに対応していなかったのです。\u003C/p>\u003Cp>このご時世においてARMのサポートをしていないなんて前時代的ですよね。有り得ない。\u003C/p>\u003Cp>とはいえ、嘆いても仕方がないので、ちゃっちゃとDockerfileを書き、互換レイヤを挟んで試みるもうまくいかず。\u003Cbr>結局面倒くさくなって適当な8664環境を作って解決しました。\u003C/p>\u003Cp>ちなみに、今回の成果物は、全てGitHub上で公開しています。\u003Cbr>\u003Ca href=\"https://github.com/chan-mai/docker-rust-gameserver\" target=\"_blank\" rel=\"noopener noreferrer nofollow\">https://github.com/chan-mai/docker-rust-gameserver\u003C/a> \u003C/p>\u003Cp>リポジトリ上に置いてある \u003Ccode>compose.yaml\u003C/code> をコピーしてきてもらい、適宜、環境変数を変えていただければ、そのまま使えます。\u003Cbr>詳しいことはREADMEに書いているので、そちらをご参照ください。\u003C/p>\u003Cp>これで面倒なことを考えずにRustで遊べますね。\u003C/p>\u003Cp>\u003C/p>",[13,19,25,31],{"id":14,"createdAt":15,"updatedAt":16,"publishedAt":15,"revisedAt":16,"slug":17,"name":18},"4oy2jc8mdg","2025-04-28T07:14:01.179Z","2025-12-03T16:08:24.495Z","diary","日記",{"id":20,"createdAt":21,"updatedAt":22,"publishedAt":21,"revisedAt":22,"slug":23,"name":24},"fwj_nwhj1-s","2025-04-30T04:55:28.953Z","2025-12-03T16:07:03.591Z","server","サーバー",{"id":26,"createdAt":27,"updatedAt":28,"publishedAt":27,"revisedAt":28,"slug":29,"name":30},"qfey3yw0z1","2025-04-29T08:44:41.687Z","2025-12-03T16:07:14.622Z","technology","テクノロジー",{"id":32,"createdAt":33,"updatedAt":34,"publishedAt":33,"revisedAt":34,"slug":35,"name":36},"riqchoqn8lw","2025-11-06T18:20:17.154Z","2025-12-03T16:06:09.687Z","games","ゲーム",false,1,0,{"contents":41,"totalCount":57,"offset":39,"limit":38},[42],{"id":43,"createdAt":44,"updatedAt":45,"publishedAt":45,"revisedAt":45,"title":46,"content":47,"tags":48,"is_no_index":37,"summary":56},"3hkti2d82ywg","2025-10-22T08:28:00.344Z","2025-10-22T10:26:32.921Z","生成AIがなんだ","\u003Cp>どうも、わたしです。\u003C/p>\u003Cp>最初に断っておきますが、私は所謂お絵かきの人間ではありません。\u003Cbr>普段は創作とは直接関係のない領域でエンジニアのような業務に携わり、余暇にデザインや映像制作を細々と行う程度です。\u003Cbr>幸いにも有償での依頼や企業案件と呼べる経験も僅かながらありますが、それだけで生計を立てられるほどの技術も影響力も持ち合わせていません。\u003C/p>\u003Cp>そのような中途半端な立ち位置から、昨今の生成AIをめぐる議論を観察していると、その顕著な温度差に一種の戸惑いを覚え、気持ち悪ささえ感じることがあります。\u003Cbr>私自身、現時点では創作活動に生成AIを利用していません。\u003Cbr>技術そのものへの嫌悪感はなく、むしろその技術的側面には強い関心を抱いていますが、利用をためらう主な理由は、SNSなどで散見される、まるで異端審問のような過剰な魔女狩りへの恐れです。\u003Cbr>もし、誰からも後ろ指をさされることのない条件が整うなら、喜んで飛びつくでしょう。\u003C/p>\u003Cp>しかしながら、技術的な仕組みや関連法規、一次資料にあたることなく、「とにかく素晴らしい」「絶対的な悪だ」といった二元論的な主張を声高に叫ぶ人々には、それが推進派であれ反対派であれ、同程度の疲労感を禁じ得ません。\u003Cbr>故に、ここで一度立ち止まり、この技術と自身の距離感について、改めて考えを整理しておこうと思った次第です。\u003C/p>\u003Cp>この議論が著しく複雑化する根本的な要因として、まずAIという用語が指し示す対象範囲の過剰な広さが挙げられます。\u003Cbr>一般に、AIは記号論理に基づくエキスパートシステムから、ニューラルネットワーク、機械学習へと至る多様な技術群の総称です。\u003Cbr>極端な話、工場のラインを制御し、外乱に対して系を安定させるPID制御だって、見方によっては知能の現れだと主張することさえできてしまいます。\u003C/p>\u003Cp>我々が日常的に利用するAmazonのレコンドエンジンやDeepL Translatorは、統計学と機械学習、深層学習技術の結晶です。\u003Cbr>YouTubeの動画推薦アルゴリズムが深層学習に基づいていることはGoogle自身が論文で公表していますし、TwitterもレコンドアルゴリズムをGitHub上で公開しています。\u003Cbr>現在、社会的な注目を集めている生成AIは、これら広範な技術、特に深層学習という基盤の上に位置づけられる、特定の一分野に過ぎません。\u003Cbr>にもかかわらず、「AIは善か悪か」といった問いかけが、どの技術レイヤー、あるいはどの具体的な実装を対象としているのか不明瞭なまま交わされています。\u003Cbr>これでは建設的な対話は望めません。\u003C/p>\u003Cp>そして、このAIという言葉の曖昧さに関連して、私が強い違和感を覚えるのが、主張のダブルスタンダードです。\u003Cbr>我々は、Google検索の最適化された結果に日常的に依存し、Netflixのレコメンドアルゴリズムが提示するコンテンツを享受し、DeepLやPLaMoに甘やかされて生きています。\u003Cbr>これらは狭義の生成AIではないものの、紛れもなくAI技術の恩恵です。\u003C/p>\u003Cp>にもかかわらず、AI反対を唱えながら、その主張の発信にパーソナライズされたSNSを利用し、情報収集にGoogleを用い、海外情報の参照にDeepLやPLaMoを活用するといった状況が平然と観測されます。\u003Cbr>AI技術の恩恵を浴びるだけ浴びておきながら、特定の領域にAIが踏み入った途端、手のひらを返したように拒絶反応を示す態度は、率直に言ってご都合主義が過ぎるのではないかと感じます。\u003Cbr>もし本気でAIという技術概念そのものを拒絶するのであれば、その論理的帰結は、現代社会の利便性の多くを放棄することに他ならないはずです。\u003Cbr>それこそユナボマーのように山中で自給自足の生活を送る覚悟があるというのなら、その主張には一貫性があると言えるかもしれませんが。\u003C/p>\u003Cp>また、AIの学習を単純な盗用と同一視する言説も散見されますが、これも技術的なプロセスへの理解不足から来る感情的な反発に過ぎないように見受けられます。\u003Cbr>もちろん、生成物が既存の著作物と酷似する依拠性の問題は別途、法的に議論されるべきですが、学習データセットから統計的なパターンを抽出する行為そのものを、即座に盗用と呼ぶのは、人間が過去の偉大な作品群から様式や技法を学ぶ行為まで盗用と呼ぶに等しい、あまりにも乱暴なレッテル貼りではないでしょうか。\u003C/p>\u003Cp>では、生成AIのリスク、特に著作権に関する現行の法的枠組みはどうなっているのでしょうか。\u003Cbr>重要なのは、2018年の著作権法改正で導入された柔軟な権利制限規定、とりわけ第30条の4です。\u003Cbr>極めて簡潔に要約すれば、思想又は感情の享受を目的としない利用(情報解析、機械学習用途でのデータ利用等)は、著作権者の利益を不当に害する場合を除き、許諾なく行えるとする規定です。\u003Cbr>AIの学習データ利用は、現時点ではこの条文が主要な法的根拠の一つと解釈されています。\u003Cbr>文化庁は2024年に「AIと著作権に関する考え方」を取りまとめ、学習段階と生成・利用段階に分けて現行法下での解釈と論点を整理しました。\u003C/p>\u003Cp>ただし、これらはあくまで現行法の解釈指針やガイドラインの提示であり、最終的な法的判断は個別の事案における司法判断に委ねられます。\u003Cbr>つまり、法的なグレーゾーンは依然として広範に存在するわけです。\u003C/p>\u003Cp>そして、この著作権の問題において、特に感情的な対立を招きやすいのが二次創作との対比です。\u003Cbr>私自身も所謂オタク文化に親しんでいるため、この論点には慎重にならざるを得ません。\u003Cbr>法律の条文に照らせば、二次創作は二次的著作物に該当し、その創作および利用には、原則として原著作物の権利者の許諾が必要です。\u003Cbr>しかし、現実には広範な二次創作文化が、権利者によるガイドラインの策定や黙認といった、極めてデリケートな均衡の上に成り立っています。\u003Cbr>これは法律上の当然の権利ではありません。\u003C/p>\u003Cp>ここで、AIの学習と二次創作の法的な位置づけを比較すると、現行の日本法下では明確に異なる規律が適用されていることがわかります。\u003Cbr>AI学習は、一定条件下で著作権法第30条の4という権利制限規定の射程内とされる一方、二次創作は原著作者の権利への配慮(許諾または黙認)が前提となります。\u003C/p>\u003Cp>この法的な枠組みの違いを意図的にか、あるいは無理解からか無視して、「AIによる無許諾学習は著作権侵害であり許されないが、自身の行う無許諾の二次創作は文化として許容されるべきだ」と主張することは、法制度上の整合性を著しく欠く議論であると断じざるを得ません。\u003Cbr>自らの二次創作活動が依拠する黙認という極めて不安定な砂上の楼閣には無自覚なまま、法的根拠に基づこうとするAI開発側を泥棒と断じるのは、自己の立場を客観視できていない証左ではないでしょうか。\u003Cbr>必要なのは感情論で法解釈をねじ曲げることではなく、法と運用の筋を通した議論のはずです。\u003C/p>\u003Cp>「AIには魂がない」「人間の努力を愚弄している」といった情緒的な主張も、議論の場においてはノイズでしかありません。\u003Cbr>技術の是非を問う議論において、定義不能な魂の有無や、個人の主観的な努力の感覚を持ち出すことは、論理的な対話を拒否しているのと同じです。\u003C/p>\u003Cp>我々は日常的にAI技術の恩恵を享受しており、その事実を無視して、生成AIのみを特異点として拒絶する態度は、やはり論理的な一貫性を欠いています。\u003Cbr>現代社会において、AI技術との関わりを完全に断つことは非現実的です。\u003Cbr>だからこそ、思考停止に陥ることなく、個別の技術、サービス、運用状況を具体的に評価し、その都度、自身の立ち位置を判断していく必要があります。\u003C/p>\u003Cp>そして最も唾棄すべきは、この種の議論(笑)で見られがちな選民意識ではないでしょうか。\u003Cbr>「わたしの創作は特別だ」「絵師である自分はAIを使う人間や、ただの消費者よりも偉い」。\u003Cbr>このような根拠のない特権意識は、建設的な対話を著しく阻害します。\u003C/p>\u003Cp>我々の多くは、巨大な社会のエコシステムや経済圏の中では、代替可能な構成要素の一つに過ぎず、私を含めほぼ全ての人間はただのコマであることを自覚するべきです。\u003Cbr>自らが(技術によって支えられたプラットフォーム上で)享受している消費者としての側面を棚に上げ、都合よく創造主として振る舞い、特権意識を振りかざす態度は、滑稽ですらあります。\u003Cbr>他者を攻撃し、魔女狩りに興じる前に、まず自身の思考や言動の整合性を取ることに努めるべきだと、わたしは思います。\u003C/p>\u003Cp>結局のところ、我々は日常的にAI技術の恩恵を享受しており、その事実を無視して、生成AIのみを特異点として拒絶する態度は、論理的な一貫性を欠いています。\u003Cbr>現代社会において、AI技術との関わりを完全に断つことは非現実的です。\u003Cbr>もし本気でAIという技術概念そのものが受け入れられないのであれば、その論理的帰結は、現代社会の利便性の全てを放棄することに他なりません。\u003Cbr>それこそGoogleもSNSも使わず、ユナボマーのように山中で文明と隔絶した生活を送る覚悟でもない限り、その主張は単なる自己矛盾であり、稚拙で傲慢な子供の主張と何ら変わりはないでしょう。\u003C/p>\u003Cp>あ、私はAI推進派でも反対派でもありませんよ。悪しからず。\u003C/p>",[49,55],{"id":50,"createdAt":51,"updatedAt":52,"publishedAt":51,"revisedAt":52,"slug":53,"name":54},"wia4slp55q","2025-04-28T07:14:14.541Z","2025-12-03T16:08:13.798Z","thoughts","独り言",{"id":26,"createdAt":27,"updatedAt":28,"publishedAt":27,"revisedAt":28,"slug":29,"name":30},"どうも、わたしです。最初に断っておきますが、私は所謂お絵かきの人間ではありません。普段は創作とは直接関係のない領域でエンジニアのような業務に携わり、余暇にデザインや映像制作を細々と行う程度です。幸いにも有償での依頼や企業案件と呼べる経験も僅かながらありますが、それだけで生計を立てられるほどの技術も影",37,{"contents":59,"totalCount":71,"offset":39,"limit":38},[60],{"id":61,"createdAt":62,"updatedAt":63,"publishedAt":64,"revisedAt":63,"title":65,"content":66,"tags":67,"is_no_index":69,"summary":70},"tbmaq03-ey0x","2025-11-20T12:06:50.286Z","2025-11-20T12:17:19.831Z","2025-11-20T12:10:28.064Z","人生トラブルシューティング","\u003Ch1 id=\"h8d027c8ed3\">はじめに\u003C/h1>\u003Cp>どうも、わたしです。\u003C/p>\u003Cp>タイムラインを眺めていると、社会や他人の言動に対して、やたらと攻撃的な言葉を投げつけている人々を観測することがあります。\u003Cbr>彼ら、あるいは彼女らの言葉は、一見するともっともらしい正義や理論で武装されているように見えます。\u003Cbr>しかし、その言葉の端々からは、どこか実体がなく、借り物の剣を振り回しているだけのような、薄っぺらな空虚さを感じずにはいられません。\u003Cbr>地に足がついていないというか、生活の手触りが欠落しているのです。\u003C/p>\u003Cp>なぜ、これほどまでに言葉が軽いのか。\u003Cbr>その違和感の正体を探ろうと、その批評家さん(笑)たちの背景に目を凝らしてみると、ある共通項が浮かび上がってくることが少なくありません。\u003Cbr>それは、彼らの多くが、他人に依存し自身が抱えるべきコストを他者に丸投げしている、という事実です。\u003C/p>\u003Cp>少し嫌味な視点かもしれませんが、この自立なき万能感とか言う奇妙なものについて、自戒を込めて少し書いてみようと思います。\u003Cbr>要するにお気持ち記事です。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"hc19f6dcf68\">生きるコスト\u003C/h1>\u003Cp>最初に断っておきますが、わたし自身、決して出来た人間ではありません。\u003C/p>\u003Cp>以前にも書いたかは分かりませんが、私は母子家庭で育ち、小銭を稼ぎ学費や生活費の一部を自ら捻出する必要に迫られてきました。\u003Cbr>生きることは、綺麗事ではなくコストがかかる。\u003Cbr>泥臭い金銭のやり取りと、地味で孤独な労働の積み重ねなしには、まともな生活水準にはありつけないということを、嫌というほど骨身に刻んできました。\u003Cbr>今でこそまともな暮らしを享受できていますが、諸々の経験は、他人への寛容さを奪い性格を少なからず歪ませてしまったという自覚があります。\u003Cbr>だからこそ、「(任意のあらゆるもの)に対する苦労も知らない人間が偉そうな口を利くな」という、ある種の同族嫌悪に近い苛立ちを抱いてしまうのは、私の偏狭さゆえかもしれません。\u003C/p>\u003Cp>しかし、私の個人的な歪みを差し引いたとしても、客観的な事実として誰かに依存したいる人間の発言には、決定的な説得力が欠けているように思えるのです。\u003C/p>\u003Cp>ただ、ここで誤解しないでいただきたいのは、私が言っているのは実家暮らしか、一人暮らしかといった物理的な場所の話ではない、ということです。\u003Cbr>そんなものは些末な問題です。\u003Cbr>実家にいようが、家系を折半し、経済的に自立した関係にあるなら、それは立派な共生と言えるでしょう。\u003Cbr>私が違和感を覚えるのは、それらを一切負担せず、他人の財布にぶら下がって生きている寄生の状態にある人たちです。\u003C/p>\u003Cp>自分の食い扶持すら自分で賄っていない人間に、他人や社会のアレコレを批評する資格があるのでしょうか。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"he375f4c73a\">過去の栄光に縋るな\u003C/h1>\u003Cp>生活の面倒を他人に丸投げし、経済的にも精神的にも誰かに寄生しているにも関わらず、インターネット上では一丁前の批評家を気取っている。\u003Cbr>もはや現代の風刺アートのようにさえ見えます。\u003C/p>\u003Cp>その矛盾を埋め合わせるためなのか、彼らは決まって過去の栄光を持ち出します。\u003Cbr>特に痛々しいのが、学生時代の経験や、数年前の取るに足らない武勇伝を、さも偉業であるかのように語る姿です。\u003Cbr>人間、現在進行形で成長し、何かに挑戦していれば、過去の単純労働の経験などただの通過点に過ぎず、わざわざ持ち出してマウントを取る必要もないはずです。\u003Cbr>そこにしがみつくしかないということは、彼らの中の時計がそこで止まってしまっていることの証明に他なりません。\u003C/p>\u003Cp>彼らがインターネット上で攻撃的になり、ネチネチと他者を批判することでマウントを取りたがるのは、おそらく自分の足で立っていないという根源的な不安を打ち消すために、安易な万能感を求めているからではないでしょうか。\u003C/p>\u003Cp>現実世界では無力な存在であるため、インターネットの中だけでも有識者(笑)や理知的な人間を演じようとする。\u003Cbr>しかし、その言葉には実体験に伴う重みがなく、技術力も学習の跡も見られない。\u003Cbr>結果として、中身のないプライドだけが肥大化していく。\u003Cbr>その姿は、見ていて本当に苦しいものがあります。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"h163afb325a\">思想の自由\u003C/h1>\u003Cp>もちろん、どんな境遇であれ、思想を持つのは個人の自由です。\u003Cbr>脳内でどんな高尚な理想を掲げようが、どんなに過激な持論を展開しようが、それは誰にも侵されない権利でしょう。\u003C/p>\u003Cp>けれど、その思想を他人に押し付けたり、自分の物差しで他人を断罪しようとしたりするのは、全く別の話です。\u003Cbr>特に、自分の生活コストすら他人に負担させているヒモのような人間が、社会のあり方や他人の生き方に口出しをする権利など、どこにあるのでしょうか。\u003Cbr>それはタダで住まわせてもらっている居候が、家主の家具の配置に文句をつけているのと同じくらい、滑稽で図々しい振る舞いです。\u003C/p>\u003Cp>本来自分で捻出すべきコストすら他人に任せきりのゲストユーザー様(笑)が、管理者気取りでルールを説く。\u003Cbr>多くの人にとって、そんな言葉に耳を傾ける気にはなれるはずもありません。\u003C/p>\u003Ch1 id=\"h9d565bfb30\">鏡を見るべきなのは\u003C/h1>\u003Cp>ここまで読んで、「なんだ、自分を正当化したいだけじゃないか」と鼻で笑った勘のいい方。\u003Cbr>おめでとうございます。大正解です。\u003C/p>\u003Cp>そう、これは紛れもなく私の自己正当化でもあります。\u003Cbr>「自分はあいつらとは違う」「私はコストを払っているからマシだ」という理屈をこねくり回して、自分の精神的優位性を保とうとする、実に醜いポジショントークに過ぎません。\u003C/p>\u003Cp>けれど、あえて言わせてもらいます。\u003Cbr>無自覚に他人に寄生して「私はすごいんだ‼️｣と勘違いしたまま歳を重ねるのと、自分の醜さや立場の弱さを自覚した上で、情けなくも取り繕いながら生きるのとでは、やはり後者の方が幾分かマシな地獄なのではないか、と。\u003Cbr>多分傍から見たら同じ穴の狢なんでしょうけどね。\u003C/p>\u003Cp>ともあれ、私は自分の歪みを自覚していますが、少なくとも自分の食い扶持は自分で稼ぎ、自分の足で立っています。\u003Cbr>もし、他人の財布で飯を食いながら、安全圏から石を投げているだけの人間がいるなら、まずはその手を止めて、求人サイトでも眺めるべきではないでしょうか。\u003C/p>\u003Cp>批評や自己実現は、自分の人生の責任を負えるようになってから口にするべき嗜みだと思うのです。\u003Cbr>嫌味な言い方かもしれませんが、自分の足で立てない人間が、社会や他人を批評する資格なんてない。\u003Cbr>私はそう思わずにはいられません。\u003C/p>",[68],{"id":50,"createdAt":51,"updatedAt":52,"publishedAt":51,"revisedAt":52,"slug":53,"name":54},true,"はじめにどうも、わたしです。タイムラインを眺めていると、社会や他人の言動に対して、やたらと攻撃的な言葉を投げつけている人々を観測することがあります。彼ら、あるいは彼女らの言葉は、一見するともっともらしい正義や理論で武装されているように見えます。しかし、その言葉の端々からは、どこか実体がなく、借り物の",31,{"url":73,"domain":74,"title":75,"description":76,"favicon":77,"type":78},"https://github.com/chan-mai/docker-rust-gameserver","github.com","GitHub 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Contribute to chan-mai/docker-rust-gameserver development by creating an account on GitHub.","https://github.githubassets.com/favicons/favicon.svg","GENERAL",1783975277620]