まいの雑記帳

輪郭

投稿した日
2026/02/23
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最近、自分が結局のところ何を考えているのか、よく分からなくなります。考えているようでいて、実は何も考えていないのではないか。そもそも考えるとは何なのだろうか、とふと思うことがあります。

世の中を見渡すと、多くの人がそれっぽいことを言っています。しかし、どれだけその主張に社会的な妥当性があろうと、そこに本人の実体験や葛藤といった独自の考えが介在していなければ、全部無意味に思えてしまいます。概ねLLMの挙動と大差がありません。

わたしは、当人の考えが伴わない社会的な正解として消費される主張が嫌いです。例えば、多様性やジェンダーといった文脈で語られる、耳障りのいい言葉で梱包されただけの綺麗事は、非常に浅はかで不快に感じます。勿論、そこに本人の生々しい体験や葛藤が介在していれば話は別なのでしょうが、世の中に溢れる多くのものはそうではないように思えます。

逆に、仮にそれが社会的に許容されるべきではない極端な主義主張であったとしても、そこに本人の確固たる考えがあるのであれば、わたしはその主張を素敵だと思いますし、耳を傾けたいなと思います。もっとも、こんなことを言っている自分自身も、結局は安全圏から綺麗事を並べているだけなのかもしれないという自覚はあります。これもまた一つの綺麗事なんですけどね。

自分の浅はかさは、自分がいちばんよく分かっているつもりです。他人を引き合いに出して落とすことでしか自分の優位性を見出せず、他人を見下すことしかできなくなっていて本当に人間性の終わりを感じています。中身に魅力がなさすぎるのでせめて顔くらいはよくありたいと思っています。根本的に視座が低すぎるのかもしれません。

世に溢れる言葉に違和感を覚えながら、自分の浅さや醜さに葛藤する。綺麗な正解を出せないまま、その自己矛盾や認知の摩擦を抱え続けること自体が、今の自分にとって辛うじて考えている状態を担保しているものなのかもしれません。

笑い飛ばしてもらえるとうれしいです